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古くから骨董店や古美術商が並ぶ京都・新門前通にある町家を改修し、今年リブランディングされたデニムプロダクトブランドの店舗とする計画である。 元は住居兼小さな古美術店だったという築70年を超える四軒長屋の一画は、経年相応に古く大部分の木と土壁が黒ずんでいた。一方で、所々に年代の異なる改修や手入れの跡が残り、直近10年ほど前の屋根大修理によって、吹抜けを見上げると野地板や垂木はまだきれいな白木の状態で残されていた。一概に既存と言っても施工時期におよそ70年分の時間差があり、既存=古いという大括りでは収まり切らない、まだ「新しい既存」が存在する。それは、つい最近まで生活が営まれ、幾度となく手入れが施されてきた、生きられた町家ゆえのリアリティだろう。 「新しい既存」の存在は、既存改修の前提となる古いものと新しいものという対比構図に揺さぶりをかける。新旧の対比や連続をふまえると、古いとも新しいとも言い切れないどっちつかずの「新しい既存」という存在をどう扱うべきかが悩ましい。「新しい既存」に正面から向き合うにはまず、従来の新旧という軸を無化していく必要があるだろう。たとえば新旧を、施工年代または見えとしての新旧に分解する。既存部に「古い既存」と「新しい既存」があるように、改修部を「新しい改修」と「古い改修」があると捉える。吹抜けを照らすアクリル照明が一目で新しい改修だと認識できる一方で、耐震補強や手摺に使われている黒皮の鋼材や伝統工法で継ぎ目なく加えられた柱梁、錆丸太を既存部と区別がつきにくい古い改修と捉える。既存柱を灰汁洗いにより“新しい”に近づける一方で、改修柱は柿渋塗りにより“古い”に近づける。柱梁から階段、手摺、窓枠、簾まで、既存と改修、見えの新旧は各エレメントのスケールまで細分化され混在する。そうして、新旧の境界をより曖昧に、既存と改修を立体的に編み込んでゆくことができないかと考えた。 年々増加する国内外の観光客の取り込みを意図し、京都の町家改修に、より“京都らしさ”が求められる昨今の状況の中で、我々は既存町家を重んじるでも軽んじるでもなく、できるだけフラットに眺め、古いものと新しいもの、あるいは既存部と改修部を等価に扱うことに努めた。それは、この街に拡がる“京都らしさ”の力学に引き寄せされすぎないための、そして、目の前にある町家の歴史と環境、空間に面と向き合うための手立てだった。

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古くから骨董店や古美術商が並ぶ京都・新門前通にある町家を改修し、今年リブランディングされたデニムプロダクトブランドの店舗とする計画である。 元は住居兼小さな古美術店だったという築70年を超える四軒長屋の一画は、経年相応に古く大部分の木と土壁が黒ずんでいた。一方で、所々に年代の異なる改修や手入れの跡が残り、直近10年ほど前の屋根大修理によって、吹抜けを見上げると野地板や垂木はまだきれいな白木の状態で残されていた。一概に既存と言っても施工時期におよそ70年分の時間差があり、既存=古いという大括りでは収まり切らない、まだ「新しい既存」が存在する。それは、つい最近まで生活が営まれ、幾度となく手入れが施されてきた、生きられた町家ゆえのリアリティだろう。 「新しい既存」の存在は、既存改修の前提となる古いものと新しいものという対比構図に揺さぶりをかける。新旧の対比や連続をふまえると、古いとも新しいとも言い切れないどっちつかずの「新しい既存」という存在をどう扱うべきかが悩ましい。「新しい既存」に正面から向き合うにはまず、従来の新旧という軸を無化していく必要があるだろう。たとえば新旧を、施工年代または見えとしての新旧に分解する。既存部に「古い既存」と「新しい既存」があるように、改修部を「新しい改修」と「古い改修」があると捉える。吹抜けを照らすアクリル照明が一目で新しい改修だと認識できる一方で、耐震補強や手摺に使われている黒皮の鋼材や伝統工法で継ぎ目なく加えられた柱梁、錆丸太を既存部と区別がつきにくい古い改修と捉える。既存柱を灰汁洗いにより“新しい”に近づける一方で、改修柱は柿渋塗りにより“古い”に近づける。柱梁から階段、手摺、窓枠、簾まで、既存と改修、見えの新旧は各エレメントのスケールまで細分化され混在する。そうして、新旧の境界をより曖昧に、既存と改修を立体的に編み込んでゆくことができないかと考えた。 年々増加する国内外の観光客の取り込みを意図し、京都の町家改修に、より“京都らしさ”が求められる昨今の状況の中で、我々は既存町家を重んじるでも軽んじるでもなく、できるだけフラットに眺め、古いものと新しいもの、あるいは既存部と改修部を等価に扱うことに努めた。それは、この街に拡がる“京都らしさ”の力学に引き寄せされすぎないための、そして、目の前にある町家の歴史と環境、空間に面と向き合うための手立てだった。
MOMOTARO JEANS KYOTO MOMOTARO JEANS KYOTO
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古くから骨董店や古美術商が並ぶ京都・新門前通にある町家を改修し、今年リブランディングされたデニムプロダクトブランドの店舗とする計画である。 元は住居兼小さな古美術店だったという築70年を超える四軒長屋の一画は、経年相応に古く大部分の木と土壁が黒ずんでいた。一方で、所々に年代の異なる改修や手入れの跡が残り、直近10年ほど前の屋根大修理によって、吹抜けを見上げると野地板や垂木はまだきれいな白木の状態で残されていた。一概に既存と言っても施工時期におよそ70年分の時間差があり、既存=古いという大括りでは収まり切らない、まだ「新しい既存」が存在する。それは、つい最近まで生活が営まれ、幾度となく手入れが施されてきた、生きられた町家ゆえのリアリティだろう。 「新しい既存」の存在は、既存改修の前提となる古いものと新しいものという対比構図に揺さぶりをかける。新旧の対比や連続をふまえると、古いとも新しいとも言い切れないどっちつかずの「新しい既存」という存在をどう扱うべきかが悩ましい。「新しい既存」に正面から向き合うにはまず、従来の新旧という軸を無化していく必要があるだろう。たとえば新旧を、施工年代または見えとしての新旧に分解する。既存部に「古い既存」と「新しい既存」があるように、改修部を「新しい改修」と「古い改修」があると捉える。吹抜けを照らすアクリル照明が一目で新しい改修だと認識できる一方で、耐震補強や手摺に使われている黒皮の鋼材や伝統工法で継ぎ目なく加えられた柱梁、錆丸太を既存部と区別がつきにくい古い改修と捉える。既存柱を灰汁洗いにより“新しい”に近づける一方で、改修柱は柿渋塗りにより“古い”に近づける。柱梁から階段、手摺、窓枠、簾まで、既存と改修、見えの新旧は各エレメントのスケールまで細分化され混在する。そうして、新旧の境界をより曖昧に、既存と改修を立体的に編み込んでゆくことができないかと考えた。 年々増加する国内外の観光客の取り込みを意図し、京都の町家改修に、より“京都らしさ”が求められる昨今の状況の中で、我々は既存町家を重んじるでも軽んじるでもなく、できるだけフラットに眺め、古いものと新しいもの、あるいは既存部と改修部を等価に扱うことに努めた。それは、この街に拡がる“京都らしさ”の力学に引き寄せされすぎないための、そして、目の前にある町家の歴史と環境、空間に面と向き合うための手立てだった。
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| No. | 191 191 |
| Title | MOMOTARO JEANS KYOTO MOMOTARO JEANS KYOTO |
| Principal use | Retail Retail |
| Collaboration | IIZUKA Chieri (lighting engineer) 飯塚千恵里(ライティング) |
| Construction | KISHO 亀匠 |
| Architectural Design | AOKI Jun, SHINAGAWA Masatoshi, TONOMAE Rise, WAKASUGI Riku 青木淳, 品川雅俊, 殿前莉世, 若杉陸 |
| Design | 2023.09 - 2024.01 2023.09 - 2024.01 |
| Construction | 2024.02 - 2024.06 2024.02 - 2024.06 |
| Location | Kyoto City, Kyoto 京都府京都市 |
| Site Area | 60m² 60m² |
| Floor Area | 66m² 66m² |
| Number of Stories | 2F 2F |
| Structure | W W |
| URL | https://data.shinkenchiku.online/projects/articles/SK_2025_01_154-0 https://data.shinkenchiku.online/projects/articles/SK_2025_01_154-0 |
古くから骨董店や古美術商が並ぶ京都・新門前通にある町家を改修し、今年リブランディングされたデニムプロダクトブランドの店舗とする計画である。 元は住居兼小さな古美術店だったという築70年を超える四軒長屋の一画は、経年相応に古く大部分の木と土壁が黒ずんでいた。一方で、所々に年代の異なる改修や手入れの跡が残り、直近10年ほど前の屋根大修理によって、吹抜けを見上げると野地板や垂木はまだきれいな白木の状態で残されていた。一概に既存と言っても施工時期におよそ70年分の時間差があり、既存=古いという大括りでは収まり切らない、まだ「新しい既存」が存在する。それは、つい最近まで生活が営まれ、幾度となく手入れが施されてきた、生きられた町家ゆえのリアリティだろう。 「新しい既存」の存在は、既存改修の前提となる古いものと新しいものという対比構図に揺さぶりをかける。新旧の対比や連続をふまえると、古いとも新しいとも言い切れないどっちつかずの「新しい既存」という存在をどう扱うべきかが悩ましい。「新しい既存」に正面から向き合うにはまず、従来の新旧という軸を無化していく必要があるだろう。たとえば新旧を、施工年代または見えとしての新旧に分解する。既存部に「古い既存」と「新しい既存」があるように、改修部を「新しい改修」と「古い改修」があると捉える。吹抜けを照らすアクリル照明が一目で新しい改修だと認識できる一方で、耐震補強や手摺に使われている黒皮の鋼材や伝統工法で継ぎ目なく加えられた柱梁、錆丸太を既存部と区別がつきにくい古い改修と捉える。既存柱を灰汁洗いにより“新しい”に近づける一方で、改修柱は柿渋塗りにより“古い”に近づける。柱梁から階段、手摺、窓枠、簾まで、既存と改修、見えの新旧は各エレメントのスケールまで細分化され混在する。そうして、新旧の境界をより曖昧に、既存と改修を立体的に編み込んでゆくことができないかと考えた。 年々増加する国内外の観光客の取り込みを意図し、京都の町家改修に、より“京都らしさ”が求められる昨今の状況の中で、我々は既存町家を重んじるでも軽んじるでもなく、できるだけフラットに眺め、古いものと新しいもの、あるいは既存部と改修部を等価に扱うことに努めた。それは、この街に拡がる“京都らしさ”の力学に引き寄せされすぎないための、そして、目の前にある町家の歴史と環境、空間に面と向き合うための手立てだった。
古くから骨董店や古美術商が並ぶ京都・新門前通にある町家を改修し、今年リブランディングされたデニムプロダクトブランドの店舗とする計画である。 元は住居兼小さな古美術店だったという築70年を超える四軒長屋の一画は、経年相応に古く大部分の木と土壁が黒ずんでいた。一方で、所々に年代の異なる改修や手入れの跡が残り、直近10年ほど前の屋根大修理によって、吹抜けを見上げると野地板や垂木はまだきれいな白木の状態で残されていた。一概に既存と言っても施工時期におよそ70年分の時間差があり、既存=古いという大括りでは収まり切らない、まだ「新しい既存」が存在する。それは、つい最近まで生活が営まれ、幾度となく手入れが施されてきた、生きられた町家ゆえのリアリティだろう。 「新しい既存」の存在は、既存改修の前提となる古いものと新しいものという対比構図に揺さぶりをかける。新旧の対比や連続をふまえると、古いとも新しいとも言い切れないどっちつかずの「新しい既存」という存在をどう扱うべきかが悩ましい。「新しい既存」に正面から向き合うにはまず、従来の新旧という軸を無化していく必要があるだろう。たとえば新旧を、施工年代または見えとしての新旧に分解する。既存部に「古い既存」と「新しい既存」があるように、改修部を「新しい改修」と「古い改修」があると捉える。吹抜けを照らすアクリル照明が一目で新しい改修だと認識できる一方で、耐震補強や手摺に使われている黒皮の鋼材や伝統工法で継ぎ目なく加えられた柱梁、錆丸太を既存部と区別がつきにくい古い改修と捉える。既存柱を灰汁洗いにより“新しい”に近づける一方で、改修柱は柿渋塗りにより“古い”に近づける。柱梁から階段、手摺、窓枠、簾まで、既存と改修、見えの新旧は各エレメントのスケールまで細分化され混在する。そうして、新旧の境界をより曖昧に、既存と改修を立体的に編み込んでゆくことができないかと考えた。 年々増加する国内外の観光客の取り込みを意図し、京都の町家改修に、より“京都らしさ”が求められる昨今の状況の中で、我々は既存町家を重んじるでも軽んじるでもなく、できるだけフラットに眺め、古いものと新しいもの、あるいは既存部と改修部を等価に扱うことに努めた。それは、この街に拡がる“京都らしさ”の力学に引き寄せされすぎないための、そして、目の前にある町家の歴史と環境、空間に面と向き合うための手立てだった。